ネタバレ無しの読後感想
江戸開城の後、新政府に不満を持つ彰義隊や榎本武揚が指揮する徳川の艦隊の対処に新政府と徳川家から期待されかつ疑いの目で見られる海舟を中心に、維新によって生活がおおきく変わった旧幕臣たちの苦悩、苦労と転身を描いています。
「もしも海舟がいなかったら」と考えてみると恐らくですが、260年余りに及ぶ因循姑息で官僚的な幕府のありかたかすると、江戸開城を検討する協議を長々と続けているうちに抗戦の声に引っ張られてしまい、江戸城は焼け落ち江戸の街も焦土になってしまったのではないだろうか。当然、東京遷都はなく、京都が維新後の日本の首都になったということも考えられます。
この長編小説に一貫して流れているのは「赤誠」です。耳慣れない言葉ですが、“飾りのないむき出しの誠実” ということだと思います。知恵がなければ何事もうまくいかないでしょうが、究極の大変時には「赤誠」がなければ難局を乗り越えることができないと作者が語っているように思えます。小知恵をいくら働かせても対処療法が関の山であり、ましてや少しでも利を求めると大局的にうまくいかないと。
この小説にしばしば出てくる言葉に「野郎の本箱」というのがあります。海舟の父小吉が口にしていた言葉だとしていますが、書籍の山のように知恵を持っていても、誠実さと行動力のない人は役に立たないという意味です。知識を得て、知恵に溺れることなく生きていくことができればと思います。
<子母澤 寛さんの紹介>
明治二十五年(1892)、北海道に生まれる。本名、梅谷松太郎。明治大学法学部卒業。読売新聞・毎日新聞の記者をつとめた。昭和三年『新選組始末記』を出版。のち股旅小説を多数発表、『弥太郎笠』『菊五郎格子』『国定忠治』『すっ飛び駕』『駿河遊侠伝』などがその代表作。戦後は幕末遺臣と江戸への挽歌ともいうべき作品『勝海舟』『父子鷹』『おとこ鷹』『逃げ水』などを発表、昭和三十七年に菊池寛賞受賞。随筆の名手として知られ、『ふところ手帖』(正統)のほか『愛猿記』『よろず覚え帖』などがある。昭和四十三年(1968)没。(中公文庫から)
子母澤寛さんのその他の作品
子母澤 寛 勝海舟(一)
子母澤 寛 勝海舟(二)
子母澤 寛 勝海舟(三)
子母澤 寛 勝海舟(四)
子母澤 寛 勝海舟(五)
子母澤 寛 国定忠治
子母澤 寛 遺臣伝
子母澤 寛 新選組物語
子母澤 寛 逃げ水