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<石川達三さんの紹介>
1905(明治38)年7月2日、秋田県横手に出生。早稲田大学英文科中退。1935年、「蒼氓」で第1回芥川賞を受賞して以来、一作ごとに社会的な問題を提起する不屈な作家精神を貫き、日本文壇の第一線に独自の地歩を築いて活躍している。(文春文庫から)
生きている兵隊
カバー装画 平野遼
昭和12年12月末、陥落後間もない南京を訪れた著者は、自らの見聞に基づき、戦争の生々しい実態を国民に知らせるべく、戦場風景を点綴したルポルタージュ的作品を発表した。直ちに発禁になったこの作品が『生きている兵隊』である。
更に多角的に戦争のなかの人間を追求した『武漢作戦』とともに、厳しい言論統制下に、勇気と正義感とをもって記した、戦争文学の傑作である。(新潮文庫 裏表紙から)
<収録>
生きている兵隊
武漢作戦
武漢作戦
カバーデザイン 田村義也
「生きている兵隊」で筆禍を受けた著者が、再度従軍して作家魂を世に問うた名作。基地司令部や兵站本部、野戦病院、病馬厩、船舶工兵隊、自動車輜重隊、軍用輸送船、宣撫班等の報道されない後方部隊を主体に、斬新なドキュメンタリー・タッチで戦争の本質を鋭く見すえた表題作以外に戦争文学三篇収録。(文春文庫 裏表紙から)
<収録>
武漢作戦
上海の花束
敵国の妻
五人の補充将校
ネタバレなしの読後感想
日中戦争(支那事変、日華事変)中の1938年(昭和13)に行われた中国湖北省武漢を攻略するための戦いを、従軍した作者が描いたドキュメンタリー風な作品です。1911(宣統3)年から1912(民国元)年に起きた辛亥革命によって清国が倒れ、中華民国が誕生した後も政治が安定せずに欧米諸国による実質的な侵略が続いていた中国に日本も侵略を進めていた。大東亜共栄圏・八紘一宇の実現のために、施政の力がない中国政府を倒し人民を救うことを目的とした戦いであるとしているが、侵略であることに違いはない。この本を読む中でも日本人がこれを信じ、悪政から開放するための戦いと確信していたことがうかがえる。「ネオナチのウクライナ政府からウクライナに住むロシア人を救うため」にウクライナへ侵攻するプーチン大統領の主張と似通ったものを感じる。
描かれている兵士たちも中国人を嫌うのではなく、ただ命令の遂行と攻略戦に参加することへの誇りとで危険で困難な戦地へ赴いている。貨幣での食料調達が難しい地では、中国人の庶民から物々交換で手に入れていることが著されている。庶民に抗日の感情が伺えない。
戦火に家を失い、食べることにも健康にも不安を抱える庶民への目線。骸をさらす中国軍兵士への目線。作者の憐憫の思いがうかがえる。